2018/04/02

英国ロイヤルオペラハウスで観るバリー・コスキー演出のオペラ「カルメン」

先日2月の終わりに、オペラ「カルメン」を英国ロイヤルオペラハウスへ観にいった。初の生オペラ体験である。



元々それほどオペラに興味があった訳ではないのだけど、せっかくロンドンに越してきたのだから、バレエや演劇と同じように良質の作品が楽しめたらいいなぁ、と思ったのがキッカケ。

ただ確かにバレエや演劇と違い、イタリア語やフランス語の歌で物語が繰り広げられるオペラは若干敷居が高いというか、本当に理解できるのか?その素晴らしさを堪能することは可能なのか?と、不安に感じたのは正直なところ。

でも最近はYoutubeを始め、ネットでいくらでもストーリーや見所など下調べができるし、なんといってもオペラ歌手の肉声を生で体感すること自体が、どんな論評や解釈をも超えたリアルな感動をもたらすワケだから、あまり杞憂は不要、まずは体験することが大事なんじゃないかな、と次第に思うようになった。

お気に入りの英国ロイヤルオペラハウスのプロダクションは、キャストはもちろん衣装や舞台背景も含め本当に魅力的な演目ばかりで、なおかつ定期的にライブ配信をしており、先だっては名作「Turandot / トゥーランドット」をフルで堪能。



イギリスではCM音楽としてヒットチャートNo1にもなったNessun dorma (誰も寝てはならぬ)


さらに英国ロイヤルオペラお得意の舞台裏的な作品紹介動画も数多く、それらを観ては「憧れのオペラ熱」をこじらせ始めたのが昨年の秋くらい。


プッチーニの蝶々夫人(戸川純の「ある晴れた日」はここから)も一度は観たい!


そして移住後のバタバタも落ち着き始めた今年の年明けから月イチくらいで舞台を観にいく目標を立て、計画的にチケット予約を着々と進め、ようやくこの2月に初オペラ「カルメン」を英国ロイヤルオペラハウスにて観賞することに。



「カルメン」を選んだのは、まずストーリーが分りやすい、ニンゲンの純粋さや愚かさが上手く表現されている、知ってる曲が多い、全般的にテンション高めで派手、多分これなら同行するダンナさんも居眠りしない・・・といったところか。


オペラ「カルメン」のあらすじを分りやすく説明!




ところで今回初めて観にいった「カルメン」は、ドイツの新鋭プロデューサーであるバリー・コスキーによる演出で、英国ロイヤルオペラハウスでは初公開となる新プロダクション。そして、このバリー・コスキー版「カルメン」は、一般的に知られているクラシカルな「カルメン」とは、まったく異なる斬新な舞台構成。


ちなみにこちらが一般的なクラシカル「カルメン」。衣装も舞台背景も当時の雰囲気というか、スペインっぽさやジプシーっぽさが満載。





そしてこちらが今回のバリー・コスキー版「カルメン」




バリー・コスキー版「カルメン」では、舞台装置は大きな階段がひとつのみ、照明もスポットライト程度、出演者はモノクロトーンに統一され、特定の時代を思わせないニュートラルかつ、パンキッシュ感満載の井手達。

クラシカルバージョンなら舞台背景や衣装で説明されるシチュエーションも、ここまでミニマムに絞り込んだ舞台だと、フランス語のナレーションで説明されるのみで、ある意味ものすごく「こちら側の想像力が掻き立てられる!」面白さがあった。

全般的に非常に斬新でアバンギャルト、クラシカルバージョンを期待していた人達にとっては受け入れがたい部分もあったようで、実際途中で退席する人もチラホラ。今回最前列で観たのだけど、演目前半は、「え?ナニこれ?」という観客の戸惑いと苛立ちが、舞台側vs観客側の間にどこか反発しあう空気感を生み出していた気がする。

これがウエストエンドの劇場ならば、この斬新さも好意的に受け入れられ好評を博して恙無く終了、となったはず。だけど、このアバンギャルド版を、天下の「ロイヤル」を抱える伝統的な老舗オペラハウスでお披露目するというのが、まったくもってアナーキーというか、非常にイギリスぽくていいなぁ、と思った。


だってこの箱で



コレですよ。



つまりこういうコトですよね?




このアナーキーカルメン@英国ロイヤルオペラハウスに関する賛否両論は、各メディアの記事からも読み取れて、結構面白い。

How Carmen went from tragic heroine to feminist icon – BBC
いかにしてカルメンは悲劇のヒロインからフェミニストのアイコンへと変貌したか(BBC)

Performers enjoy a nightly workout in Barrie Kosky’s refreshing if flawed new Royal Opera production – Guardian
ロイヤルオペラの新プロダクション、バリー・コスキー版「カルメン」で毎夜のワークアウトを楽しむ出演者たち(ガーディアン)

It’s ‘Carmen.’ But Not Like You’ve Ever Seen It – NY Times
いまだかつて見たこともない「カルメン」がこれだ(NYタイムス)

Love it or hate it, this isn't just another Carmen - Telegraph
賛否両論多々あれど、これもまたひとつの「カルメン」に過ぎない(テレグラフ)

Barrie Kosky’s hectic new production of Carmen is a sad evening where the nonsense on stage is compounded by the second-rate singing - Dailymail
息切れがしそうなバリー・コスキー版「カルメン」は、まったくのナンセンスが二流の歌唱力によって構成された舞台であり、非常に哀しい夜でもあった(デイリーメイル)



バレエもオペラも、歌声やダンスといったこの肉体をツールとした表現方法を介して、私達生きとし生ける者達の数奇な人生ドラマと、そこから生起する様々な想いや感情の機微を、その場でリアルに観客へ伝えてくれる。

バレエやオペラの舞台を見るということは、ダンサーやシンガーだけでなく、オーケストラの重厚な生演奏と、細部にまで緻密に作り込んだ衣装や舞台装置などの職人の匠と、そして何よりも舞台監督のパッションとが相まって、ひとつの素晴らしい芸術作品が生まれ、そして躍動していく瞬間瞬間に立ち会うようなものなのでは?

そして今回のバリー・コスキー版カルメンは、衣装や舞台背景といった余分なものを取り除き、スペインっぽさやジブシーっぽさもかなぐり捨てて、純粋にニンゲンの本質的な愚かさや情熱や純真さをコミカルにかつストレートに打ち出すことで、さらに深く私達の心に響いたような気がする。

舞台背景のほとんどない舞台に日本の能があるけれど、それと同じように見ている観客側が個々の想像力を舞台に投影できる場というか、「キッチリ作りこまれたストーリーをただ受身となって見る」だけじゃなくて、自分自身が舞台にしっかり巻き込まれて、目に見えないストーリーが同時進行で観客の中でも展開していく・・・という面白さが今回のバリー・コスキー版「カルメン」には確かにあった。

特にラストのカルメンの「なんちゃってね」的ジェスチャーが全てを物語っているというか、所詮人生なんてコミカルな茶番みたいなものだよね、というニュアンスが個人的にはブラボーでした。

オペラもバレエも初心者の私が言っても、あんまり説得力はないかもしれないけど、ロックやポップ音楽やミュージカルは好きだけど、バレエやオペラはねえ・・・と、食わず嫌いの方は騙されたと思って実際に舞台を観にいってほしいなぁ。

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