2003/10/01

Sweet Sixteen 2002 UK









イギリスを代表する映画監督といえばマイク・リーとケン・ローチだと信じて疑わない私ですが、まさか休日の夜7時というホゲホゲタイムにケン・ローチの最 新作をスカパーで見るとは思っていませんでした。やるなスカパー、それもシネフィル・イマジカじゃなくてムービープラスというあたり。

2003/06/21

たわいもない1日


 散歩をする。

見慣れた路地を歩いては、終わりのない倦怠をもてあます。
車の音、工事の音、子供たちの音、風が通り抜ける音、世の中の音の洪水。迫ってくる世の中との距離、そこにあるのに触れられないような違和感。自分の皮膚の周りに分厚いオーラが取り巻いて、外界を遮断しているようなブヨブヨとした感覚。そんな感覚をを面白がってゆっくり堪能しながら散歩をする。

太陽の光は茂った街路樹のフィルターがかかり、キラキラの小さなたくさんの光となって降りかかってくる。橋を渡る、このあたりは水路だらけの橋だらけ、そしてまた橋を渡る。何年も放置された死体の様に朽ちて水没した船の残骸の上を渡る。浮浪者の黒い影を視界の隅に認める。きっと私の知らないどこかで誰かが死んでいく。

2003/06/14

僕らはみんな惨劇を待っている


陳腐で薄っぺらな平和の影に潜む「崩壊」は陰惨で目もあてられない。終わりのない作り物の表面的な退屈な平和の欺瞞に息を潜めて時をやり過ごす。身も心も肉塊も唾液も精液も吐瀉物も糞尿もバクテリアも存在してないかのような清潔を保つ。嫌悪感が嘔吐を催しやがては悪意と化して「それ」が澱のように少しずつ少しずつ確実に私達を蝕んでいく。感受性の自由を、表現の自由を3歳児の頃に見事に奪われて以来、自身すらも滑稽な唾棄すべき存在としか映らない。

2003/04/29

僕と猫との物語・君の名はプスキン

君の名はプスキン、だからそう呼ぶと君は振り向いて僕を見つめた。





生暖かい風が澱んだ夏の夜、君は道端に「堕ちて」いた。
ミャオともミュウとも言わず、小刻みに小さな体毛を震わせて、
ぺとん、とマンションの出口の道端にへたり込んでいた。
僕は僕で、当然僕のくだらない日常があって、
コンビニに買い物にいく道すがらにそんな君を発見した。

2003/02/22

太平洋のほとりに住む



私は隅田川の東京湾河口に住んでいる。

この川は利根川の支流荒川から分岐して、東京湾と河口で繋がる。

そしてこの東京湾は太平洋となり、彼の島々へと続く。

東京の埋立地に引っ越してきてから、少しでも時間が空くと、季節も時間帯も問わず、豊海埠頭へ自転車で向かっては迫るような海面を飽きずに眺める。

2003/02/15

Dead End 私達の閉塞感




アラームの電子音で目覚める。
ベッドに横たわったまま目を開けて見慣れた天井を見つめる。
ココロを満たすのは諦念。

本能ではなく義務感。
義務感が私の肉体を「起床」のルーティンへ送り出す。

デジタル表示の現在時刻を確認して、
フルスピードで「やること」のスケジューリングをアタマの中で行う。
義務感でベッドから起き出し、ストーブに火をつけ、
キッチンで湯を沸かし、本能でトイレに駆け込む。
TVのスイッチを入れ、紅茶を飲みながらタバコを吸う。

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